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ブログ, 教会だより

2019年7月18日大石集会

7月18日(木)教会で大石集会がありました。夏休み前で子どもたちが早く帰ってくる日と重なり、今日は誰も来れないかなと思っていましたが、お一人来てくださいました!!!

先月は私が、バプテスト女性連合主催の沖縄学習ツアーに参加する前だったこともあり、「沖縄に行って来ます」のお話をしました。今月は「ただいま」という事で沖縄で感じたことをお話しさせてもらいました。

沖縄での痛ましい戦争の様子は本当に身も凍るほどで、アメリカ軍が「ありったけの地獄を集めたような戦場」と表現したほどであります。「2度と戦争は起こさない」とよく言いますが、沖縄ではもう1つこんな表現をします。「2度と戦没者の遺族を出さない」です。この言葉を聞くだけでも沖縄での戦禍が如何に大きなものであるかが想像できます。

聖書には「剣を納めよ。剣をとる者はみな剣で滅びる」というみ言葉がマタイ26章に出てきます。剣で平和は作れません。軍隊が人を守ることはないという事を沖縄は語ります。平和を創るものは「愛」だと聖書は語ります。そのことを命を賭けて示されたのがイエス様です。

私たち人間のところにへりくだって降りて来てくださり、最後まで神様の言葉に従順だったイエス様の生き方に倣いたいものです(なかなかできませんが……) 。 それこそ平和への道に繋がると思うのです。

次回8月はお休みです。9月にまたお会いしましょう!

ブログ, 教会だより

2019年7月12日家庭集会

今回の家庭集会では、サムエル記上17章12~58節を読みました。

少年ダビデ(イスラエル人)が信仰で、大男ゴリアト(ペリシテ人)を倒す話です。小さな体のダビデは羊飼い用の杖と石であっけない様に巨漢の額を打ち砕き、イスラエルの神の戦いを勝利しました。

神の戦いにおいては剣や槍を使わずに民を救うことができる事を、ダビデは民衆に示したのです。少年は羊飼いの生活の中に信仰心をもち、戦いでもひるまず強く純粋な神様への信頼が勝利に繋がったと思いました。

お知らせ, ブログ

この4月より、社会委員会が発足しました。

福岡ベタニヤ村教会では教会活動の一環として「社会委員会」を今年度から立ち上げました。その活動の一環で「まいのりてぃ」と言うPR新聞を発行します。今回は、その記事からご紹介したいと思います。教会員の方の投稿記事です。

《余は如何にして社会委員となりし乎》

「社会」という言葉を辞書で引くと、こう書かれている。

”人間の共同生活の総称”
”人間の集団としての営みや組織的な営みをいう”

人間の共同生活を総じて「社会」と言うならば、私たちが送っている信仰生活もすなわち「社会」の枠組みのなかで捉えるべきだろう。
信仰を持つものとして、社会とどうかかわっていくか、すなわち世の中に起こっているさまざまな出来事に、キリスト者としてどのようにかかわり、どのように受け入れていくべきか、そのことを教会のみなさんとともに考えていきたいと思い、また自分自身の仕事や家庭と、信仰をどう結びつけるべきかを考えたいと思い、私は社会委員会に加わることを決めたのである。

一人の社会人として、一人のキリスト教信仰者として、また、ベタニヤ村教会として、社会とかかわりを持ち、社会の出来事に反応して思いを発信していく作業を、これから社会委員会はこの場所(ホームページ)から進めていきたいと思います。

※社会委員会発行の「まいのりてぃ新聞」ご希望の方はお知らせください。発送をさせていただきます。

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2019年6月14日家庭集会

雨の降る肌寒い一日でした。でも秀島家のお花はどれも取っても元気! ベランダのアジサイも生き生きとしてパワーを感じました。

今日はペンテコステのお話でした(使徒言行録2章1~42節)。

3節に「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった」と書いてあり、そこを描いた絵本やアートバイブル(一人一人の頭の上にろうそくの「炎」が描いてありました)を見ながらお話を聞きました。

この箇所は教会の誕生を語っているとよく聞きますが、「いろんな国の言葉で人々がしゃべったというところからそう言われるのでしょう。話したこともない国の言葉で、しかもすらすらと語れるというのはまさに奇跡としか思えません。

そんな不思議な現象が現れ、人々が驚き戸惑っている時に、ペテロは声を張り上げて「ナザレのイエスこそ、神から遣わされた方だ」と言います。そして「あなた方が十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさった」と人々の心を打つ力強いメッセージをしました。

ペテロの「イエスこそ主である」という強い思いが現れていると思います。まず自分を「神様との正しい関係に置く」。その神様との関係を正してこそ意見の違いや好き嫌いなど、人間的な思いを取っ払って、イエス様によって一つになれるのだと思います。

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2019年3月14日からしだね

今月の定例会は小学校の卒業式を控えていた為、子どもたちが早帰りという日でした。なのでどなたか見えるかしらと心配してましたが、4人の方々とお話しすることができました。

人数が少なかったこともあり、ハンドマッサージとお茶、お菓子付きの豊かな気持ちのよい定例会になりました。

当たり前のことですが、子育てだって、子供はみんな違うから、本当にこれをすればOKなんてものはないよねぇ。でもさ、いろんな人の失敗談や成功例などの話を聞いてると何かヒントをもらったり、元気をもらったりするからやっぱり一人でこもるのは良くないよね。

そうそう、でも、1番大事なことは「子どもを見ること」で、そこからしか何も始まらないんじゃないかな。そうだね。と美味しいお菓子を食べながら、マッサージをしてもらいました。

最後にうれしいことがありました。

あるお子さんが「なんか今年は楽しかったな」と言ったというのです。その言葉を聞いた私は!!!!!

もううれしくて、思わず涙が出てしまいました。彼のその言葉が出てくるまでに彼とお母さんはどれだけの思いを経験し、苦労してきたことでしょう。

神が全てのことを働かせて益としてくださる(ローマ8:28)の聖句を思います。万事を益としてくださる神さまに感謝せずにはいられませんでした。これからもお母さんたちと子ども達の歩みが導かれますようにと祈っていきたいと思います。

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2019年3月8日家庭集会

3月の家庭集会がありました。暖かくなったり寒くなったり雨が降ったりとややこしい日が続いていますが、健康が守られて集会に参加できて嬉しかったです。

写真はご自宅のお花! なんと素敵な! としばらく見とれていました。

さて今日はルツ記を読みました。ルツとナオミさん、他にもボアズや長老たち、名前の出てこない人達も登場しますが、なんとも暖かく、心が柔らかになるお話だと思いました。

住民がみんな神様の方を向いていると、その想いはこんなにもひとつに練り上げられていくんだとつくづく思います。我が事だけに走りがちな私たちに、それでいいと? と問いかけられているように思いました。

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2019年2月21日家庭集会

もう暖かくなるかなと思いながらやっぱり寒い日が続いています。

今回はマルタとマリアのお話です。マルタ派が多い中、イエス様の「マリアは良い方を選んだ」の一言にガーンと来る人がたくさんいます。
理想は「マルタ+マリア=マルア」かしらと話が進みましたが、
参加者の方から「家族の命がある」ありがたさに感謝しかないという言葉に、私の発題なんかぶっとんでしまいました。

「突然の病でベットに寝ている時、体を動かそうと思っても全く動かせなかった。
気持ちはあっても何にもできない経験をした時、身体はほんとに入れ物であって、私という身体にスポンと神様から命を入れてもらってる、私は生かされてるって思った。
自分の命が今日もあること、家族が生きて私と一緒にいてくれる。それが本当に感謝だ。そのほかのことはどうでもいいと思う。」

その話を聞いて、
命の源であるイエス様のそばにいたマリアは正解!まずはイエス様のそばにいる。それが第1にすべきことだね。となりました。

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2019年2月8日家庭集会

大人の私達は永遠の命を得たいと願い、戒めを守って善行を積めば救われると思いがちです。しかし執着してしまい、財産を全部捨てることは出来ませんし、完全に十戒を守り実行することは出来ません。このことで自分が不完全であることに気づき、神さまに預けすがって生きていけば、最善が示され救われるのだと学びました。

私達は、苦難の多い道であっても神さまによって救われること、喜んで安心して神さまにゆだねて生きることが本当の幸せであり、感謝でいっぱいになりました。

イベント, ブログ

2019年2月11日からしだね

探Qクエストって聞いたことありますか?

人っておもしろい! って思うと記憶によく残ります。また、しなきゃ…と思うのと、おもしろそうって思うのとでは、勉強の楽しさがまったく違う。とにかく「知るって楽しい」そんな体験を親子で楽しみました。

今回は遊びを通して絵画の勉強をしました。たくさんの絵を見ながら歴史、計算、クイズと自然に頭を使い、でも遊びの中だから楽しい。大人の固い頭より子供の発想が豊かで楽しい。そんないろいろを体験しました。

小学1年生から中学2年生まで、いや60歳の大人まで楽しめたあっという間の2時間でした。

先生の子供たちに語る言葉がけや、子供の気持ちの受け止め方など、あちこちに子育てのヒントもあり豊かな時間でした。

初めて教会に来ましたという方も多く、教会でこんなこともできるんですねと喜びの声も聞き、嬉しかったです。

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2019年1月17日家庭集会

2019年が始まりました! 家庭集会もまた始まりました。今年もよろしくお願いします。

今回はマルコ14章3節、「ナルドの香油」と言うと「あーあの話ね」と言う人もおられることでしょう。

この話はマタイとルカの福音書にも出てくるお話です。どれもちょっとずつ設定が違うのですが、場所がベタニヤというのは同じです。ストーリーとしては、食事の席で、ある女性がイエス様の頭に超高価なオイルをかけたという話です。

マルコにだけあるのは、この女性が香油をかけるのに「壺を割った」ということです。「壺を割る」とわざわざ書いてあることに、以前はただ単にとにかく香油を全部、と強調したいのだろうと思っていました。しかし、今回天からの試練を受けた私が、改めてこの箇所を読んだ時「壺を割る」という意味が違ってきました。

私は自分なりに香油をかけようと決断して出席した会合でしたけれど、イエス様が私に望まれたことは、壺の中の「全部」ではなく、香油をかき集めようとしてもそのかき集めたいという未練さえ断ち切れと言わんばかりの「その壺を割れ!」ということだったのです。

壺を割るという決断は本当に大変な事です。私の場合、1人で壺を割ることができず、結果みんなの手を借りて割った感じになりました。「あー、割れてしまった!」という気さえしていますが、割れた壺は戻りません。恐れるな、あなたのための平和の計画というみ言葉を頼りに、前向きに進んでいきたいと思います。

おぜんざいを食べて元気に!(写真) やっぱり甘いのは、美味しい〜!

2月も第3木曜日21日です。どなたでもご参加下さい。